埴輪はどこかへ

楽しさも、憂いも、全て旅の中にある。

2022年山陽山陰地方旅行:4日目[江津/山口市/柳井]ダイジェスト

来たるべき人を待つ。過ぎ去った時代を想う。

 

大変お待たせいたしました。この夏も日本の各地を巡っておりました。今後半年ぐらいかけて徐々に文章にしていきたいと思っております。

 

前回の記事では、2022年山陽山陰地方旅行の3日目として隠岐諸島隠岐の島町を巡り、本土に帰還して浜田市に至るまでの旅程をご紹介しました。今回は4日目(実質的な最終日)。浜田から江津に立ち寄り、そこから山口市柳井市を経由して広島市までの旅程のご紹介です。

 

とりあえず朝早起きできたので浜田駅の南口の周りを散策。浜田の旧来の市街地は浜田駅西浜田駅の沿岸部に広がっており鉄道網からのアクセスはあまり良くありません。その事もあってか駅前には別の商業集積地区があり、坂に沿って石見神楽の大蛇のようにうねるアーケードが見られます。朝早いので人通りはほとんどありませんでしたが、石見地域の中心として十分に風格のある街だと感じました。

 

そのあと江津に一度逆戻り。このあたりのJR線は今春(2022年春)のダイヤ改正で大きく減便されており行程を組むのにも徐々に苦労を要するようになってきました。

 

江津駅からは最近まで三江線が出ていたのは有名な話です。とりあえず三江線の次の駅、江津本町駅の方向に歩いていきます。

 

江津駅前はきれいな行政施設ができて整理され、国道9号線沿いに商店街も残っていて、朝早くからお菓子屋さんが営業していました。

少し歩いていくと山陰本線の橋梁(郷川橋梁、漢字はこれが正しいらしい)が見えてきます。第一次世界大戦中ぐらいに架設されたかなり歴史のある橋で、長い山陰本線の中でも見どころの一つとされている区間です。少し離れたところには山陰地方では珍しいダブルデッキ構造の新江川橋があります。

 

しかし忘れてはならないのはその片隅にある三江線廃線敷です。使われなくなってまだ数年ですが、かなり草木が生い茂っています。さらに進むと橋台のみが残っている跨道橋のようなものがあり時の流れを感じさせます。新しい道路橋と取り壊された鉄道橋のコントラスト。だからといって三江線もそんなに古いわけではありませんが。

その線路があった場所をくぐると江津本町地区に到着です。古くは幕府直轄の天領で、江の川を用いた舟運と日本海の海運の積み出し/積み下ろしで栄えた川湊です。現在は街の中心的機能は江津駅や市役所の周辺のロードサイドに譲っていますが、街並みがタイムカプセル的に残されています。

まずはじめに目に入った通りは昭和的な風情の残る通りで、その沿道にはいくつかの旧行政施設や旧医院などの建物が残りその繁栄を今に伝えています。郵便局もあったので風景印を頂きました。

そしてさらにもう一つ南の通りは、「天領江津本町甍街道」と呼ばれていて観光振興を図っているまちなみです。中心となる建物は全国の現存する郵便局舎のなかでもかなり古い部類に入る旧江津郵便局で、水色のメルヘンチックな外観が街並みのアクセントになっています。全体的には倉吉に似た赤瓦白壁土蔵の落ち着いた街並みです。ほんとうに静かなところですが、イベント時には結構人通りがあるようです。

 

江津駅に戻り、もう一度浜田駅で物資を補給してから、山陰本線を一路西へ。さすがに1両の気動車ではさばききれないほど混雑しています。山陰本線は、海と本当に近いことが旅行者の目を楽しませますが、一方で災害が一度起こったときの復旧の難しさは前回の田儀駅あたりの災害で痛感させられました。穏やかな日は本当にきれいです。

国鉄らしいターミナルの益田駅で、国鉄型の気動車に乗り換えます。本当に旅情の塊という感じで、山口線内は際立った名所はないものの、美しくのどかな里山の車窓がひたすらに流れていきます。窓を開けて、新鮮な空気を取り入れるととても心地よい。

(この辺の写真は、混雑とガラスの映り込みの関係で掲載しておりません)

1両のディーゼルカー山口駅に到着。県庁所在地の駅としては珍しく電化されていませんが、列車が到着すれば多くの人が行き来します。

表の通りを進むとアーケードに差し掛かったのでそちらに移ります。デパートもあってかなり賑わっているという印象です。

どうしても人が入らないように撮るので...

山口市はかつては西の京と呼ばれ、中世には大内氏が居館を構えて文化的にも大変栄えました。現在はその時代の繁栄を、市の中心部に点在する神社や寺院が伝えています。

龍福寺は市街地の中心にあり、本堂が重要文化財。美しく整えられた境内に背筋が伸びます。

ついで今八幡神社に行きましたが、私が行った時点では改修中でした。

少しだけ移動すると八坂神社。古い社殿が結構な密度で残っていてすごいですね。

さらに少し山を登ると、山口市でおそらく一番有名な観光名所であるところの瑠璃光寺五重塔が聳えています。宗教施設としての雰囲気はあまりなく、公園の片隅に建っているという感じにはなっていますが、よいプロポーションの建築で、国宝もさもありなん。しかし、五重塔のみどころというのはなかなか表現するのが難しいですね。組物とかそういうところの勉強をしないといけないのかもしれません。ただ見上げているだけだとふ〜んで終わってしまっていることが多いので。

 

実は山口市にはもう一つ見るべきものがあり、それが県庁の敷地にある旧山口県庁の建物と旧県会議事堂の建物です。どちらもなんと無料で見学可能です。

県会議事堂の建物は内部を博物館として改修してあり、古くの会議場や議長室などの整った設えを偲ぶことができます。一方で旧県庁の建物は少し前まで(県庁としてではないですが)現役で使われていたこともあり、使用感も含めての遺産となっています。ところどころ傷んでいますがこれぞ実用建築といった風情があります。

このあたりは公共交通のかみあわせが微妙に悪いのが難点。速やかに山口駅に向かい、新山口駅でしばらく待って柳井に向かいました。

意外と遠いので、柳井につく頃にはもう日が暮れていました。

柳井の白壁の街並み(古市金屋)は何度も来ることを計画しながら通過してしまっていた場所です(実は防府もそうで、まだ解決されていません)。

夕暮れ時なので商店は一つも開いていませんが、これはこれで風情があるのではないでしょうか。重要文化財の重厚な商家もあります。

この日はそのまま広島まで在来線で進み、宿泊しました。

 

補足:この翌日は、大雨でしたので早めに帰宅しようと思い、早起きして原爆ドームへ。

静かに祈りを捧げました。

帰る途中には、西条の酒蔵群や、社殿が特異な建築様式で、国宝の吉備津神社にも立ち寄りました。様々な人からおすすめを頂いていたところですが、すばらしいですね。

随分と長くなりましたが、これで2022年山陽山陰地方旅行に関する記事は終わりです。速やかに次回作を用意する予定ですので、ぜひ御覧ください。